カンボジアの歴史
カンボジア国家の始まり
8世紀に入ってジャワ王国から独立し、ジャヤーヴァルマン2世によって建国されたアンコール王朝がカンボジア国家の始まりであると言われています。
9世紀末にヤショーヴァルマン1世がアンコールに都を築いた頃には、北東タイ地域にまで国土を広げていきます。
このアンコール王朝の最盛期は12世紀スールヤヴァルマン2世の頃で、その国土は、タイ中部、マレー半島、ベトナム南部にまで広がり、有名なアンコールワットもこの頃に建築されます。
しかしその後は、ヤショーヴァルマン1世の死をきっかけに王位を巡る争いが勃発、次第に勢力を失い、元、アユタヤ王朝の侵攻を受けるなど、長い不遇の時代を迎えます。
植民地時代
17世紀から18世紀にかけて、隣国シャムやベトナムの圧迫を受け続けたカンボジアは19世紀半ばになってフランスの植民地となってしまいます。
その後1940年から始まった日本軍のインドシナへの侵攻を機にカンボジアの独立を宣言しますが、日本が連合国へ降伏してしまい、再びフランスの保護下に戻り独立は消滅してしまいます。
しかし当時の指導者シハークは粘り強く独立運動を展開し、1953年にはついに完全独立を果たします。
近代史
隣国ベトナムで起こったベトナム戦争に対して中立的な立場をとっていたカンボジアですが、1970年に国内でクーデターが起こり親米軍事政権が樹立します。
この親米軍事政権と共産主義系反政府組織の間で勃発した内戦は、反政府組織の圧倒的優勢で進行し、1975年クメールルージュを率いたポルポトの政権が誕生する事になります。
鎖国、教育廃止、宗教の否定、強制労働など、偏った社会主義政策を推し進め、数百万人の国民を虐殺したポルポト政権ですが、政権が崩壊した1979年以降もポルポト派として権力を持ち続け、長い内乱の時代は続く事になります。
カンボジアの苦難の時代が終わりを告げるのは、ソ連の崩壊後であり、東西冷戦の終結と共にポルポト派が力を失い、国連による支援を受けながら、現在では国内政治も安定するようになってきました。